前日譚
『ある少年少女の原風景
〜at the bottom of the World〜』
「カイっ!」
扉をけたたましく蹴り開け、一人の少女が入室する。
年齢は十代前半。目の覚めるような金髪をショートカットにした、快活そうな印象の少女である。
古びた椅子で本を読んでいた同年代の白髪の少年は、少女の乱暴な入室で軋みをあげる天井を気にしつつ、嫌そうな顔を向けた。
「リア……入るときは静かにって、いつも言ってるのに……この前だってドアを壊したばっかりだろ。廃材の山からかわりの戸板見つけるの、大変だったんだからね」
「小さいねぇ、カイは。そんなんだから、スラムのガキどもにいじめられるんだよ。ま、そんときゃまたお姉さんが助けてあげるけどねん」
胸を張って得意げに言う少女に、少年は唇を尖らせる。
「リアだって子供だろ、歳もひとつしか違わないし……」
「そんなことよりっ、これ見てよっ!」
少年を遮り、少女は扉の外から台車を引っ張ってくる。その上に乗っているのは、錆の浮いた無骨な機械。相当に重量があるらしく、運んできた少女の額には汗が浮き出ていた。
「……またガラクタ拾ってきたの?」
「ガラクタって言わないっ。エンジンだよ、エンジン! ジャンク屋の軒先にあったの、捨て値で譲ってもらったんだ!」
「それはたぶん、邪魔なものを押し付けついでに金を巻き上げられたんだと……」
「細かいこと言わないっ! これでようやく作れるんだからっ!」
「作るって……なにを?」
腰に手を当てて鼻息荒く言う少女の様子に、少年は嫌な予感を覚える。
「そ〜れ〜は〜……飛行機だよっ!」
世紀の大発表であるかのように両腕を広げて瞳を輝かせる少女に、少年は首を傾げた。
「ひこうき……? 飛行機って、この前リアが見つけた古い本の中にあった、空を飛ぶ機械のこと?」
「そうっ、それ! その飛行機っ!」
「そんなの……できるわけないだろ。なに馬鹿なこと言ってるんだよ」
「できるに決まってんでしょっ。できたから本だって遺ってるんだよ」
できるできないの水掛け論になりそうな気配を感じて、少年はやむなく話題を進める。
「だいたい、空を飛べたところでどうするっていうんだよ? どこへ行くつもりなの?」
その言葉に、我が意を得たりとばかりに少女は目を光らせる。
少女は少年の手をつかむと、強引に外へと連れ出した。
「ちょっ、どこ行くんだよ、リアっ!」
「いいからっ! 黙って走るっ!」
少女が手を引くまま、二人は雑然とした街並みを通り抜ける。
やがて人家がなくなり、広い草原地帯まで出たあたりで、ようやく少女は足を止めた。
「はぁ、はぁ、はぁっ……、い、いったいなんなのさ、リア……」
膝に手をついてへばる少年とは対照的に、少女は胸を反らして空を見上げる。
「見なよ、カイ」
言われて、少女の視線を追う。
——そこに浮かんでいたのは、空に浮かぶ大地の底だった。
その外周は綺麗な円形をしており、あまりにスケールが大きいため、その直径も、どれほどの高度に浮いているのかも判別がつかない。
それが三つ【傍点:三つ】、見上げる視界の中に収まっていた。
さらに、そんな果てしない光景を一本の黒い線が大地から遥かな空まで伸び、見上げた蒼穹を二つに切り分けている。大地に突き刺さった根元を見ると、黒い線に見えていたものは直径にして数百メートルはある巨大な〝柱〟であるとわかる。
空に浮かぶ三つの大地は、〝柱〟を中心とした円の軌道を緩やかに周回していた。目を凝らせば、三つの大地の遥か上空にも、さらに三つの浮遊する大地が豆粒ほどのサイズで確認できる。
——それが、少年たちが生まれてから当たり前に目にしてきた世界の情景。
少女が空に目を向けたまま、囁くように言う。
「あたしはさ、カイ。あそこまで行ってみたいんだ」
少女の言葉に、少年は疑問を返す。
「……行ってどうするの? なにがあるかもわからないのに……」
「大人がさ、たまに言うよね。あたしたちがいるのは切り捨てられた世界で、ここにいるのは空の大地に住むことを許されなかった者たちだって。だから、ここで生まれた人間は一生ここにいるんだ、って——そんなのってさ、おかしくない?」
納得いかないというように、唇を尖らせる少女。
「誰もそのことについて考えない。変だとすら思わない。だからさ——誰にもできないことを、あたしたちが一番最初にやってやるんだ。あたしたち二人でっ」
どうやら、少女にとっては少年が協力することは確定事項らしい。
「ねねっ、おもしろいと思わないっ?」
そう言って、少女はとっておきの悪戯を思いついた悪ガキそのものの顔で、白い歯を見せて笑う。
少女の唐突な思いつきと、それを実行に移す行動力には慣れたものなのか、少年はため息をついて呆れ顔で——けれど口元には笑みを浮かべて言う。
「ま、付き合うよ。リアを放っておいたら、危なっかしくてしょうがない」
「えー、なんだよそれー。あたしがあんたにいつも面倒かけてるみたいじゃん」
「そのとおりだと思うけど……痛っ、痛いってリアっ!」
脇腹を小突いてくる少女に、少年は抗議の声をあげる。
雲ひとつなく、浮遊する大地が見下ろす空に、二人の笑い声が響き渡った。