【記念日は何日あったっていい】
十一月二十五日。
俺はシエスタからの呼び出しを受けて、とある貸しホールを訪れていた。
「ぱんぱかぱん。おめでとう」
そうして指定された部屋の扉を開けると、いまいち感情の籠っていない祝いの言葉と共に、ぱん! と何かが破裂するような音が鳴った。
「……撃たれたのかと思ったぞ」
俺は、なぜかマスケット銃をこちらに向けているシエスタをじとっと睨む。
「ふふ、マスケット銃型のクラッカーでした」
「いらんものを特注するな、銃口だろうがクラッカーだろうが人に向けるな」
俺はため息をつきながら、パーティー用の三角帽子を被った名探偵を軽く小突く。そして中に足を踏み入れると、小さな貸しホールではあるが、まるでパーティー会場のように飾り付けがなされている。誰かの誕生日でも祝うのだろうか。
「今日の目的はこれだよ」
するとシエスタが、天井から吊されていたくす玉の紐を引っ張り……中から垂れ幕が落ちてくる。
「! これは……」
そして彼女は垂れ幕に書いてある文字を読み上げていく。
「祝『探偵はもう、死んでいる。』シリーズ一周年! 祝『このライトノベルがすごい!2021』文庫部門第4位! 祝『このライトノベルがすごい!2021』新作部門第3位! 祝『このライトノベルがすごい!2021』Web投票部門第3位! 祝『このライトノベルがすごい!2021』キャラクター女性部門第4位! 祝……」
「多い多い多い!」
淡々と読み上げていくシエスタに思わずツッコミを入れる。せめて後半は「同上」でまとめろ。沢山ランクインしたのが嬉しいのは分かるが。
「あのね、助手」
しかしシエスタはなぜかゆっくり首を振りながら、諭すように俺に語りかける。
「そもそも今日がなんの記念日かなんて気にする必要はないんだよ。だって、この365日いつも誰かのバースデーなんだから」
「急に名言っぽいのを挟んでくるな。早くもオチをつけた感を出すな」
俺は二度目のため息をつきつつ、ジュースや菓子類が並んだテーブルの前の椅子に仕方なく座る。
「じゃあなんだ、今日はそんな諸々を祝う会なのか?」
俺はグラスに入ったドリンクを飲みながらシエスタに尋ねる。
「うん。あと、ここまで私たちのことを応援してきてくれた読者の方へのファンイベントみたいな側面もあるかな」
そう言うとシエスタは、上部に大きな丸い穴の開いた箱をテーブルに置く。
「というわけで今日は読者の皆さんから貰った質問に答えていくよ」
「いつの間にそんな企画が進行していた……?」
だがシエスタは俺の問いを無視し、箱に手を入れて中から紙を引っ張り出す。
「まずはニューヨークにお住まいのMF次郎さんからのお便りです」
「絶対ねつ造だろ、それ」
「いつも『たんもし』を楽しく読ませていただいています。早速質問ですが、君塚さんは世界かシエスタさんかどちらかしか救えないとしたらどちらを選びますか?」
「一問目からいきなり重すぎる……最終巻の最終話でようやく答え出すやつだろ……」
というわけで今はノーコメントだ。
……もっと言えばそんなシチュエーションが訪れないことを祈るばかりだ。
「じゃあ次ね。ええと」
シエスタは再び箱の中から紙を取り出し、それを読み上げる。
「どうしたら僕はシエスタさんの助手になれますか?」
「次の質問にいこう」
「ダメだってさ。ごめんね」
悪いがまだこのポジションを他人に譲る気はない。……別に他意はないが。
それから俺はシエスタに促され、代わって質問ボックスから紙を引く。
「じゃあ読むぞ。えー……結局あの日、一夜の過ちはあったんでしょうか?」
「次の質問にいこう」
「頼むからそろそろ答えられる質問が来てくれ」
三問連続で無回答を貫く質問コーナーはさすがにまずいだろ。
続いてシエスタが箱に手を入れ、紙を引き抜く。
「えーっと……最愛の君塚くんへ?」
「なぜ首をかしげる?」
俺にファンがいることを怪訝に思うな。
「君塚くんと『たんもし』のみんなの掛け合いが大好きです。どうしたらそんなにノリがいい人になれますか?」
「俺はそれに振り回される側だから答えられないな……。シエスタの見解はどうだ?」
「振り回される役を積極的に引き受けてくれる存在を見つけるのが手っ取り早いかな」
「俺が積極的にこの役回りを引き受けてると思ってたのか……?」
しかし俺の質問は受け付けていないらしく、シエスタは淡々と次のお便りを読み上げる。
「君塚くんに質問です。君塚くんはシンプルに友だちが居なさそうですが、実際はどうなんでしょうか? シエスタさんや夏凪さんはあくまでも仕事仲間だし、風靡さんは大人だから仲良くしてくれているだけなのでノーカンです。改めて訊きますが、果たして君塚くんにはお友だちがいるのでしょうか?」
「質問に見せかけた攻撃を仕掛けられている……?」
風靡さんは大人だから仲良くしてくれているだけという悲しい真実に傷きながら、俺はまた箱から紙を取り出す。
「シエスタさんはどういう男性が好きですか? だとよ」
俺はスティック状のチョコ菓子をかじりながら、シエスタに回答を促す。
「うーん、やっぱり私もか弱い可憐な女の子だからね。積極的にリードして守ってくれるような人がいいかな」
そんな殊勝なことを言いながらもシエスタは、俺が口に運ぼうとしていたチョコ菓子を強引に横からぱくついてくる。
「名探偵なら言行一致って言葉を知っててほしいが」
「あとは、こういう皮肉を言わなくて、スマートで、いつも笑顔で、力が強くて、ついでに束縛が強くない男の人が好み――」
「ふん、理想と真逆の相棒で悪かったな」
「だと思ってたんだけどね」
「……過去形?」
「じゃあ、次ね」
しかし当然のごとく俺の疑問は無視される。
「まだ続けるのか……」
ほとんどまともに回答できていない質問コーナーだが、これでいいのか?
「うん、これが最後。……匿名希望さんからのお便りです」
するとシエスタが、俺から顔を背けるようにしながら小声で言う。その手に紙は握られていない。
「今日をもってシリーズとしては一周年を迎えましたが、君はあの三年間のことをどう思っていましたか?」
差出人は聞くまでもない。
そしてその人物は昔、その問いに対する答えを俺に伝えてくれた。
あの目も眩むような三年間は、なによりの思い出だったと。
だったら、俺は。
「それを振り返るにはまだ早いだろ」
俺もまた、彼女から視線を外しながらそう答える。さすがに目を合わせてこれを言うのは憚られる……それに、その答えを出すべきはきっとこの場ではない。
そう、俺にはまだやり残した仕事がある。
俺たちの物語を追いかけてくれている人たちには、これで伝わるはずだ。
――だから。
「だから、もう少し待ってろ」
俺はせめて、精一杯の不器用な笑顔をもってそう答えた。
「……はあ。バカか、君は」
するとシエスタは不満げに俺をじとっと見つめながらため息をつく。
そんな相棒に対して、それから俺がなんと答えたか。
それこそ、一年間にわたって俺たちの物語を追いかけてきてくれた聡明な読者諸君なら、きっと分かってくれるだろう。