インタビュー 第9回
三原みつき
第5回 審査員特別賞 受賞
ようやく一人前になれた気がしました

あの投稿作はここでなかったら受け入れてくれなかったのでは
もともと私にとってMF文庫Jは「書店でよく見かけるあの緑色のやつだ!」ともっとも印象的なレーベルのひとつでした。しかしそれが投稿のきっかけになったわけではなく、年に四回も募集をしていて評価シートも必ずくれるという利便性に惹かれての選択でした。
今思うとあの投稿作はここの編集部でなかったら受け入れてくれなかったのではないかと思うので、ちょっと運命を感じます。けっこうゲテモノ好きですよね、MF文庫Jライトノベル新人賞。選考の時期になると担当編集さんが毎回ひーひー言って連絡をくれなくなるので、実際すごくちゃんと読んでるんだと思います。メールはよ。
投稿者時代において「ラノベ作家になる」だとか「新人賞を獲る」だとかという思いは、ともすればふわふわと漠然とした夢になってしまいがちです。そうではなく現実的に達成可能な目標として捉える心構えが大事だと考えていました。そういう精神的なところでモチベーションや集中力が変わってくるような気がします。「俺は他の志望者よりも絶対頑張ってるから(根拠なし)絶対受賞できる」と思い込むことでさらに頑張れる、頑張ったという自負心がさらに自信になる、そういう前に進むためのサイクルを自分の中に意識して作ろうとしていた覚えがあります。
最初のうちは一作を書き上げるのがまず大変で、その一作を書き上げないことには評価シートすらもらえない。なかなか目に見える結果が出ないし、職場や学校や部活のように上司や教師や先輩が褒めたり励ましたりケツを蹴ったりしてくれるわけでもない。ふわふわしてしまいがちな気持ちをいかに持ち上げ、いかに引き締めるか、そういうセルフマネジメントはデビューしてからもずっと必要になっていくと思います。
「俺はいつか必ずデビューできる……」という思い
本格的に投稿を始めたのは大学三年ぐらいからでした。在学中にデビューとはいかず就職活動や新社会人生活と並行しての投稿生活となりましたが、上述のように「俺はいつか必ずデビューできる……」という根拠のない思い込みを持っていたので、何かつらいことがあっても常に逃げ道を持つことができ、気が楽だったように思います。無職になったらなったで投稿に集中できるなあと……。
今考えると恐ろしい思考ですが、実際私は勤め人にはあまり向いていない人間だったようで、電話応対だとか普通の人なら当たり前に出来る基本のビジネススキルでミスを連発し、社外の関わる業務から弾き出されてしまい、入社一ヶ月ちょっとにして窓際で早くもつぶれそうになっていました。けっきょくせっかく内定をとって入社できた会社だったのに辞めてしまい、その直後に受賞の連絡が来て、ライトノベルに出来損ないの人生を救ってもらったという思いがあります。
就職で投稿ペースがガクッと落ちてしまった時期はあったものの、3本目の投稿作でするっと受賞できたので、あまり苦しかった印象はありません。その分デビュー後に苦しむことになったのですが、一度担当編集がつくとしっかり客観的な立場から問題点を指摘して向かうべき道筋を示してくれるので迷うことはあまりなかったです。
楽しかったのは、大学時代の友人がけっこう応援してくれていたことでした。すでにみんな大人だったので、私の場合は密かに心に秘めるのではなく周りに素直に口に出すことが精神的にプラスに働きました。
今思うと何故「いずれ受賞できる」と自信を持っていたのか謎
受賞の連絡がきたときは、上述の自己陶酔(なかば現実逃避)によって「俺は必ずいつか受賞できる」と思い込んでいたので「フッ、ついに来るべきときが来たか……当然の努力が実ったな……」としか思いませんでした。
ただ当時の状況を冷静に思い返すと、入社一ヶ月目にして「俺はラノベ作家になるんだ! 会社なんて辞めてやらーっ!」と泣きながら辞表を叩きつけて上司から「バッカじゃねえの、絶対後悔するぞ」と言われつつ社会からドロップアウト、大学時代の友人たちからヤケクソの退職記念パーティーを開いてもらいつつ実家を追い出されてバイトをしながら初めての一人暮らしを始め、果たしてこれから俺の人生は……という場面だったので、実際にはかなりギリギリでした。それからわずか二週間後に編集さんから受賞の連絡がきたのは奇跡としか思えません。大学時代の友人たちに今度は受賞記念パーティーを開いてもらいました。
デビュー作の『ごくペン!』は、改稿前の投稿作バージョンだとラブコメのラの字もないような内容でした。タイトルは『新世紀ガクエンヤクザ』、ヤンキーがひたすら奇行を繰り返すばかりの内容でヒロインの凛子の出番はラストにちょろっと出てくるだけ、ダブルヒロイン的な立ち位置の鈴音も実は改稿前だと男でした。
今思うと何故こんな内容で「俺はいずれ受賞できる」と自信を持っていたのか謎です。
初めての打ち合わせで改稿すべきポイントを指摘していただいたのですが、書き上げてからほどよく時間が経っていたのもあって変な執着心もなく、冷静に受け止め、納得して改稿を進めることが出来ました。
投稿作が実際に発売されるときにはまるで別物のように変えられてしまうことをネットではしばしば魔改造などと恐ろしげに語られていますが、少なくとも私の場合は百パーセント「そりゃそうだ」と納得ずくの改稿で、けっして新人作家の新芽のごときいたいけな作家性が編集者によって強権的に踏みにじられたわけではありませんでした。
ただ一カ所、直せと言われたけどどうしても直せなくて、無理に直したら「かえってパッションが無くなったのでそのままで行きましょう……」としょんぼり気味に言われた部分があります。校舎を伏線もなく巨大ロボに変形させたシーンです。
発売日の前後は読者さんからの感想が気になって一日中落ち着きませんでした。直後にアマゾンレビューで☆1をいただいて卒倒しかけましたが、しかし世に自分の本が出て、インターネットでそれに対する反応が次々に飛び出してくるのは、好評も悪評もひっくるめてとても刺激的な手応えでした。とはいえすぐに同月発売の同期デビューの『オトコを見せてよ倉田くん!』に売上で負けたことがわかって「ぐぬぬ」となり、その翌月にはやはり同期の『まよチキ!』がブレイクし、ごくペンは2巻で売上が落ちて「3巻で畳みましょうか」という話になり……と、感動している暇もなくあっという間に業界に呑み込まれていった感じです。
無意識の「パターン」から抜け出す勇気
デビュー作の『ごくペン!』は、学園モノにヤクザの要素を組み合わせたら新しくて面白いのではないかという発想からスタートしました。あとはギャグさえ面白ければ読み進めてもらえるはず、オチの盛り上がりがしっかりしていれば満足いく読後感をもってもらえるはず……とこの二点にこだわって書いた覚えがあります。
今思うと押しつけがましく暑苦しい、独りよがりな尖った作品ですが、やはりギャグとオチに変な勢いがあってそこが受賞の決め手になったように思います。
『ごくペン!』の後は『すいーとブラッド』をあまり間を空けずスムーズに出すことができましたが、そこでも失敗すると、しばらく企画を出してはボツになるというのを一年ぐらいは繰り返すことになりました。本を出せていない、出せる目処がまったく立っていない作家というのは、単に編集さんとツテがあるだけの無職です。作家と無職の境界線が曖昧になり、自信やアイデンティティーが喪失しボロボロになっていく日々が続きました。
そんなあるとき、担当さんがそれまで進めていた企画を全ボツにして「バトルものをやってみませんか」と提案してくれました。それまで私はなぜかバトルものの投稿作や企画は一切出していませんでした。「自分はこういうテイストが好きだから、こういう作品を書きたい」という無意識のうちに定型化されていた様式に凝り固まっていて、それはつまり手癖みたいなものだと思うのですが、なんら合理的な理由はなくバトルものは考えから除外していたのです。ですが考えてみれば私はこれまでの人生でラノベでも漫画でもゲームでも一般文芸でもあらゆるメディアでバトルものを楽しんできました。そう考えると「自分が面白いと思える範囲」は意外と広く、自分の作家としての引き出しは隅々まで光を当てると意外と色々なネタが詰まっていると気づかされました。
無意識のうちにパターンのようなものが定型化されてしまうと、そこから抜け出すときに初心の頃のような勇気が必要になります。ですが失敗を重ねて自己批判の精神が身についた上でそれが出来ると、独りよがりな感覚や思いつきに頼った作品作りから解放されたような気がしました。こうして『魔技科の剣士と召喚魔王<ヴァシレウス>』が出来上がりました。まだまだ荒削りだとは感じていますが、受賞作でというより魔技科でやっと本当のラノベ作家になれたような気がしています。
客観的なアドバイスを賢く取り入れることが成功への近道
デビュー作で即ヒットを飛ばすのがもちろん理想的ですが、それが出来なかった場合、編集部の面倒見の良さや助言の適切さが重要になります。私は他のレーベルには詳しくないので「MF文庫Jライトノベル新人賞ならでは!」とは言い切れませんが、MF文庫J編集部は作家を育てる懐の広さや愛の深さのあるレーベルだと感じています。たぶん。いっぱい愛されてます。
今のMF文庫J新人賞では三次選考まで残れば担当がつくそうで、これはとても羨ましい、素晴らしい特典だと思いました。私の同期にも受賞前から担当がついていたという作家さんが何人かいて、そういう人とは作家経験値や担当編集との仲良し感など、同じ受賞者にもかかわらずスタートラインの差を感じたものでした。私もやはり担当編集に育ててもらったという自覚のある身なので、担当編集が早い段階でつくというのはデビューが約束されるわけでなくとも何らかの形で必ずプラスになることだと思います。
投稿者時代にも「必ずラノベ作家になれる」という思いでガムシャラに努力をしてきたつもりでしたが、こうして振り返るとずいぶんな回り道をしてしまっています。評価シートだとか担当編集がつくだとかといったメリットを活かし、客観的なアドバイスを賢く取り入れることが成功への近道ではないでしょうか。
三原みつき(みはら・みつき)
2009年、第5回MF文庫Jライトノベル新人賞にて審査員特別賞を受賞、『ごくペン!』でデビュー。3シリーズ目の『魔技科の剣士と召還魔王<ヴァシレウス>』が好評となり長期シリーズに。同作はコミカライズやドラマCD化とメディアミックス展開もされている。
